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 2014年7月の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 サポテカ文明では子どもが生まれた夜、新生児の滞在する小屋の周りに灰や砂をまき、次の日の朝についた足跡の動物がその子どもの守護神(Totem)となると考えられていました。

 Totemは時には夜、悪さするとも考えられていました。
 

   

 2014年5月の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 サポテカ文明では葬儀を行う風習があり
、墓場に死者のために様々なお供えをしていました。
 そのお供えとして、死者を守る置物はこの文明の特徴です。

   

 2014年2月 の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 翡翠の「コウモリ神」の面は25枚の翡翠で構成されており、とても高価とされています。
 その美しさと高価さでメキシコ人類学博物館から、一時盗難され、4年後に再発見され、現在も展示をされている貴重な遺跡です。

 

  

2013年11月の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 サポテカ文明ではとうもろこし、とうがらし、カカオ、かぼちゃなどを栽培をしていました。
 また、織物や陶器に盛んで、特に敷物については現在でも伝統が継承され、使われています。

   

 2013年10月の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 Pitao Cocijoはサポテカ文明の雨の神です。
 大地=ジャガーと天空=蛇で表わされ、手には雨水をためる壺を持っています
 こちらも子孫繁栄を表しておりました。

  

 2013年7月の写真 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 マヤ暦は有名ですが、Zapoteca文明も暦を2種類扱っていました。
 Yza暦:20日x18か月+5日=365日の暦で、畑への植え付け、収穫などに使われていたとされます。
 Piye暦:20日x13カ月=260日の暦で、新生児の名前付けに使われていたといわれています。

   

2013年6月 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 当初、Zapoteca文明は僧侶が主たる権力者でしたが、少しずつ兵力を拡大させ、軍隊の力が強くなって行きました。農民は支配され、とうもろこし、豆、とうがらし、カカオ豆、かぼちゃを栽培していました。そのうち、年貢としてとうもろこし、七面鳥、はちみつと豆を贈呈していたようです。

   

2013年5月  メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 Monte Alban はオアハカ州に位置をするZapoteca文明が9世紀に起こした街です。正式名称が不明で、Dani Baa とされたり、Yucucuiとされたりしますが、現在は Monte Alban が最も知られている名称です

 

2013年1月 メキシコの文明:
 Zapoteca 文明 (500年〜1000年)。
 「雲の人」といわれる文明です。中央部でTeotihuacanし、南部ではMaya文明が繁栄している同時期にOaxaca地方で繁栄していた文明です。
Olmeca文明からToteca文明までつながりがあったようで長期間繁栄していた文明です。

 

 2012年12の写真 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Ah Puch(いけにえの神)
 Ah Puchはいけにえの神であり、残酷な死を迎えたものの神です。頭にガイコツをかぶり、髪には鈴が付いています。背の突起は腐敗を意味していました。

   

 2012年11の写真 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Ek Chuac(戦いの神)
 Ek Chuacは戦いの神であり、残酷な心をもった神です。黒い体で心の闇を表し、槍で戦う勇ましさを表します。路上商人の神でもあり、ハングリー精神も表わしている神です。

 

 2012年10の写真 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Xaman Ek (北極星の神)
 Xaman Ekはユカタン半島で見ることができる北極星を表します。北極星を起点に旅をする商人や旅人の神とされます。マヤ文明にとって星は自然の調和を意味をする大切な存在でした。

  

 2012年09の写真 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Ix Tab (自殺者の神)
 Ix Tabは首をつった女神です。神へ人間の命をささげる際、首つりの儀式で行われることもあり、死人は神のもとへ行けるようにとIx Tab を守護神としていました。

一方、神が死ぬことも表わし、女神が自殺をしていることから、皆既月食を表現しているともいわれます。

  

 2012年08メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Nal (とうもろこしの神)
 Nalはとうもろこしの神です。人間はNalの力で、とうもろこしの葉につつまれた状態で生まれ、とうもろこしを食べて生活をはじめたという考え方があります。Maya文明の主食はとうもろこしであり、大切な植物であると同時に、繁栄を表わすものでした。

   

 2012年07月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Chaac (雨の神)
 Chaacは偉大な神として祀られ、4種類のChaacとしても表わされています。Chac Xib Chaac (西の赤のChaac), Sac Xib Chaac (北の白のChaac) Ek Xib Chaac (東の黒のChaac) と Kan Xib Chaac (南の黄色のChaac)色と方角により区別されていました。

   

 2012年06 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Chaac (雨の神)
 ユカタン半島では雨の降る時期が不規則です。マヤ文明は雨の神Chaacに頼っていました。雨から豊作を望むことができるため、豊かさの神でもあります。
 長い鼻を上に持ち上げた、老いた爬虫類として表わされています。

  

 2012年05月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々Ix Chel (月と水の神)
 先月の空と昼夜の神Itzam Naの妻です。Itzam Naは昼間に現れる太陽で、Ix Chel は夜に現れる月とされます。
 編み物を発明したとされます。怒った老女として表わされ、災害、特に水害を起こす神とされています。

   

 2012年04月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々 Itzam Na (空と昼夜の神)
 先月の創造の神 Hunab Ku の息子です。文字や本を発明したとされ、書物の神でもあります。
 歯の抜けた老人として表わされています。

 

 2012年03 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。神々 Hunab Ku (創造の神)
 今月からはMaya文明の神々のご紹介をいたします。写真は創造の神 Hunab Ku のシンボルと知られており、現在では様々なデコレーションに使われています。
 円形は物事に「流れがある」ことを表し、四角形は物事は規則正しく整理されていることを表しているといいます。

  

2012年02 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (200年〜800年)。Comacalco
 タバスコ州ビヤエルモサからやく60km 離れたところにコマカルコは位置します。マヤ文明の遺跡であるのにアステカ文明のナウァトル語の名前が付いているのは、アステカ人が訪れたときにはすでに廃墟となっていたためです。
 この地域では、建設用の石は豊富ではなかったため、煉瓦で建設されています。

   

2012年01 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。Kinich Kakmo
 キニッチ・カモはユカタン半島の西側、チチェンイツァから70kmのイサマル遺跡です。
 550年頃、マヤ文明の宗教、政治、商業の中心地でした。ユカタン半島に張り巡らされる道はこのキニッチ・カモに通じるようにできていました。角部分が丸くなったピラミッドはイサマル遺跡の特徴です。

   

 2011年12 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。Coba
 コバはユカタン半島の東側、2つの湖に囲まれて位置する
遺跡です。ジャングルと海の地方で淡水は貴重な資源でした。
 コバ遺跡は6,500の建築物があるといわれていますが、ジャングルの植物たちに覆われ、発掘がほんの数か所しかできていません。従いまして、コバ遺跡を観光する際には、遺跡と同時に、珍しい鳥や虫、サルなどに出会うことができ、ジャングルを肌で味わうことができます。

   

 2011年11 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。Tulum
 トゥルムはユカタン半島の東側の絶壁に位置する遺跡です。毎朝、水平線から上がってくる太陽の神を拝み、海から来る侵略者の監視をする場所でした。カリブ海のエメラルドグリーンと威厳をもって太陽に面している美しい遺跡です。

   

 2011年10 月  メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。Tikal
 ティカルはメキシコとグアテマラ国境に位置するピラミッドです。傾斜が大きいですが、平坦なジャングルに覆われている地域にピラミッドの上から遠くを監視することができるように、できるだけ高くを目指して建設された遺跡です。
1979年に世界遺産に登録されました。

   

 2011年9 月  メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。Chichen-Itza
 チチェンツァはユカタン半島に位置する遺跡です。ククルカン(羽の生えた蛇の神)を祀るピラミッドです。基底55.3m四方、高さ24m、4面に各91段の階段があり、4 x 91段 = 364段で、最上段の神殿1段を足すと365段になります。このことから、「暦のピラミッド」とも呼ばれています。
1988年に世界遺産に登録されました。

   

 2011年8 月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。
 マヤ文明は農耕民族であったため、衣装は簡単なものでした。男性はふんどしのようなものを巻き、女性は真綿の織物に刺しゅうをしているウィピル(huipil)という衣装をまといました。
 鮮やかな色づかいは植物系の染色と虫や貝紫などの動物系の染色で行われ、現在でも伝統的な染色方法を引き継いでいます。

   

 2011年7月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。
 マヤ文明が築かれたころから農業は盛んでした。主食のトウモロコシ、豆類、イモ類、綿、カカオ豆などを栽培していました。カカオ豆は、他の文明との貿易の通貨として使用をされていたようです。
 主な貿易対象はアステカ帝国であり、マヤ遺跡にアステカ帝国の土器などがたくさん見つかっています。

   

2011年6月 メキシコの文明:
 Maya 文明 (300年〜900年)。
 メキシコの東南部、ユカタン半島、グアテマラ、ホンジュラス、ベリーズの一部にマヤ文明が築かれました。実際の起源は判明していませんが、もっとも繁栄した時期は300年〜900年。紀元前1500年ごろからマヤ文明の痕跡が残っています。
 文字や数字を用い、天文学にたけ、その時代でもっとも農業が盛んだった文明とされています。数か月にかけてマヤ文明についてご紹介していきます。

 

2011年5 月  メキシコの文明:
 Tolteca文明 (700年〜1200年)。
 テオティウアカン文明の衰退を機に、メキシコ北部の民族が南部へ移住し、現在のメキシコシティの64km 北にトルテカ文明を築きました。「建築の先生」という意味を持ち、メキシコ文明初の軍事的な力を発揮し、近隣の文明を抑圧しました。
 トルテカ文明のピラミッドの上部には4.6mの高さの戦士の像が列になり、ケッツァルコアトル神を崇めました。ケッツァルコアトルはテオティウアカン文明の羽をもった蛇の風の神で、テオティウアカン文明の信仰を引き継ぎましたが、主神は太陽の神ではなく、火星の神を主神としていました。

   

2011年4 月メキシコの文明:
 Teotihuacan文明 (紀元前200年〜700年)。
 現在のメキシコシティの北西部に位置したテオティウアカン文明です。「神の都市」という意味を持ち、最盛期には12万5千人の人口があったとされます。テオティウアカン文明の影響は中米まで及んだとされ、その後のメキシコ文明の基礎となったともいわれます。現在でも登ることができる有名な太陽と月のピラミッドがあり、メキシコ有数の観光地となっています。

   

 2011年3月 メキシコの文明:
 Olmeca帝国 (紀元前1500年〜900年)。
 メキシコ西部、メキシコ湾に面した現在のVeracruz とTabasco にかけて繁栄したメキシコ最古のオルメカ文明です。メキシコで初めて石の彫刻を施し、有名なものとしては2.5メートルの高さのある頭の彫刻です。戦士の栄光を表するものとして考えられています。

   

2011年1月:
 1325年1月1日にテノチトラン(Tenochtitlan) が創設されたといわれます。テノチトランとはアステカ文明の首都です。
 絵にも描かれていますが、湖の真ん中にある小さな島を首都とし、人口が増えるにつれて、いかだを浮かばせそこに住んでいたといわれます。テノチトランの場所は現在のメキシコシティの中心地であり、埋め立てを繰り返された結果、湖であったことは全く想像ができません。

   

 2010年12月
 メキシコは大統領制です。6年を任期とする大統領は12月1日から任期が始まります。
 再選を多くした大統領が独裁者になったため、現在は大統領は再選が認められていません。6年でベストを尽くすというモットーで大統領に就任することになっています。

   

2010年11月
 11月2日は死者の日です。アメリカで言うハロウィーンですが、むしろ日本のお盆の習慣に近いです。
 この日にはお墓参りをし、ご先祖様が家に訪れ、家族全員で食事をします。もちろん、ご先祖様の席も作って。11月1日には子供の魂が帰ってきて、2日には大人の魂が戻ってきます。大きな祭壇も飾り、センパスチルという黄色い花をいけます。この花はご先祖様を導くために香り高い匂いを放っています。ガイコツはメキシコ人にとって、守護神のような位置づけなので、とても親近感を持って祭壇に飾ります。

   

 2010年10月:
 1805年10月1日、メキシコの民衆向けの新聞 El Diario de Mexico が初めて発行されました。
 今でも発行が続いていて、メジャーな新聞ではないのですが、昔からある安心して読める新聞です。現在はインターネット版もあるので、日々進化されていますね。

 

2010年9月
 1810年に独立戦争が始まりました。2010年の今年、200周年のイベントが沢山開催されています。
 日本でも独立記念のイベントは9月に多数開催しています。フィエスタメヒカーナで検索してみますと各地でのイベントを確認することができます。

 

2010年8月:
 1925年8月23日、メキシコで始めて中央銀行が設立されました。日本銀行は1881年に設立さているので、歴史的にはかなり遅いスタートです。
 メキシコでも中央銀行で紙幣が発行されます。コインも発行しており、世界で最も美しいコインともされています。

 

2010年7月:
 日本でも選挙の月になりましたね。1955年7月3日にメキシコで始めて女性が選挙投票をした日です。
 メキシコでも女性の権利が軽んじられていた歴史があります。少しずつ社会の一員として女性の声が反映されてきています。

  

2010年6月:
 6月の第3日曜日はメキシコでも父の日。
 母の日のように特に盛大な行事をすることはないのですが、父に対して感謝の気持ちを伝えます。
 ところで、父親は父になった日、子どもの誕生の報国を友人などにしますが、子どもの性別によって、報国の時に添えるものが違ってきます。女の子ならば、お花を一輪、男の子ならば、葉巻を一本ふるまいます。
写真は葉巻がお似合いだった、キューバの歴史的
ミュージシャンのコンパイ・セグンドです。

 

2010年5月:
 5月15日は教師の日。
 学校が休みになるわけではないのですが、教師に日ごろ世話になっていることを感謝する日です。学生は担任の先生に小さなプレゼントかカードを贈る習慣があります。

   

2010年4月:
 1933年4月29日メキシコでの国会で、大統領の再任制を禁止する条例が発効されました。長年、大統領の再任が続きすぎ、ほぼ独裁者のような振る舞いが行なわれていたためです。
 現在でも、大統領の任期は6年のみ。再任ができないので、長いスパーんの改革は難しいとされていますが、独裁者を育てるのよりはよいという考え方の元でやはり再任は認められていません。

   

2010年3月:
 1938年3月18日メキシコでは長年、外国資本に牛耳られていた石油資源を「メキシコ独自の資源である」と宣言し、外資を石油関連ビジネスから追放しました。
 それ以来、石油はメキシコ資源として、国営企業で運営されています。ガソリンなど、価格が統一され、メキシコの大切な資源ビジネスと育っています。

   

2010年2月:
 メキシコでもバレンタインデーを祝いますが、「恋人の日」だけでなく、愛情を表現する日であるので、恋人にはもちろん、家族や先生、子どもに対しても何かしらのプレゼントをします。
 チョコレートである必要はなく、むしろ女性へならば赤いバラを、他には風船のアレンジメントや、ユニークなプレゼントがあり、毎年、恋人にびっくりさせることができるようなプレゼントを探し回っています。

 

2010年1月 :
 1521年1月9日にアステカ帝国で最後の王様となるクアウテモックが就任しました。
 スペイン人がメキシコの地で入植をするためにさまざまな交渉をする対面となりました。最後にはスペイン人に降伏をするわけですが、毅然とした態度でスペイン人へ挑む姿が現在でも語り継がれています。

2009年12月 :
 メキシコではクリスマスのお祝いを大切にします。そのお祝いは12月16日から始まり、12月24日のクリスマスイブでは家族そろってキリストの生誕をお祝いします。そして12月25日は国民の祝日としてお休みをします。

 絵には子ども達がピニャータを割ってお菓子を取っています。このピニャータはクリスマスで割る習慣があります。
 ピニャータを悪魔とみなし、倒すことでご褒美をもらえるという伝統的な行事です。クリスマスだけでなく、子どもの誕生日などでもピニャータ割をします。

2009年11月 :
 1910年11月20日にメキシコは革命戦争が始まりました

 30年間続いた独裁者に対する反乱です。
 その革命から大統領が独裁者にならないように再任ができないようになりました。今でも大統領は6年間で任務を果たすことになっています。

 

2009年10月 :
 1492年10月12日は、コロンブスがアメリカ大陸を発見したとされる日です。まずは現在のキューバに上陸し、メキシコに到達、スペインの植民地政策の幕開けです

 その時代、メキシコにはアステカ帝国が繁栄しており、植民地化されることに抵抗をしましたが、鉄製の武器に負け、300年のスペインの植民地となります。
 「アメリカ大陸発見された日」とされていますが、メキシコ人にとっては「すでにいたので発見されるどころか、何を発見したのか?」と問われる日です。

  

2009年9月:
 1810年9月15日夜中、グアナフアト州ドロレスでメキシコ独立運動が始まりました。
 
ドロレスの司祭を務めていたミゲル・イダルゴ・イ・コスティーリャ(Miguel Hidalgo y Costilla)が教会の鐘を鳴らし会衆を集め、スペイン植民地政府に対する抵抗を呼びかけた。彼は「我らがグアダルペの聖母万歳!悪辣な政府と植民者たちに死を!」と言ってすべてのスペイン人の追放を訴え、演説を「Mexicanos, !viva Mexico! (メキシコ人よ、メキシコ万歳!)」という叫びで独立運動が始まりました。それから11年かけて、独立がなされる、長い戦争の始まりだったのです。
 現在は独立した日にち(1821年8月24日)を祝うよりも、運動が始まった日をより大切にし、現在でも9月には街角にメキシコ国旗を売るキオスクが出ます。
 そして、毎年9月15日の夜中、街の中心部で、イダルゴの独立運動の宣言を再現します。(写真)
 「VIVA MEXICO!!」。

   

2009年8月 :
 1924年8月29日にメキシコの女性音楽家のコンスエロ・ベラスケス (Consuelo Velazquez)が生まれました。
 「ベサメ・ムーチョ」、「ケ・セアス・フェリス」、「カチート」などとても有名な
作曲家、及びピアニストです。
 メキシコ人のアマンカイにとっても大切な作曲家の一人です。

 

2009年7月:
 1907年7月6日にメキシコの女性画家のフリーダ・カーロ  (Frida Khalo)が生まれました。
 ドイツ系ユダヤ人の父親とメキシコ先住民の母親を持ち、メキシコ人のアイデンティティーを絵を通して追求していました。
 とても独特な絵を描き、内面の苦悩を表現する絵は世界的にも評価されている。日本でも人気のある画家なので、機会があれば、是非フリーダ・カーロの世界に触れてみてください。

   

2009年6月:
 6月にはいるとメキシコは雨季になります。
 メキシコは緯度はフィリピンと同じくらいなので、海面近い地域では暑いです。しかしメキシコシティは富士山の8合目くらいの標高に位置しているため、1年中薄い長袖で過ごすことができます。四季はなく、雨季と乾季の2種類の季節だけになります。
 その雨季の始まりが6月。毎日16:00頃から約2時間、スコールのような土砂降りが降り、それ以外は晴れている過ごしやすい場所です。最近は地球の温暖化の現象なのか、2時間だけのスコールというのは少なくなり、しとしとと一日中降っている日が多くなりメキシコ人も拍子抜けをしているようです。

  

2009年5月 :
 5月10日は母の日です。
 5月の第2日曜日というわけではなく、5月10日が母の日です。平日の場合は、学校でも職場でも半日授業になり、午後はどの家庭でも母の元へ走ります。母親を囲み、ハグをしたり、赤いバラの花束を贈ったりします。
 メキシコ人は母親のことが大好きで、出来るだけ一緒にいたい、できるだけ母親と良い時間を過ごしたいと願い、母の日は母親とべったり過ごします。


  

  

2009年4月 :
 4月30日は子どもの日です。
 学校でも半日授業になりますし、子どもの天下の日です。どんな遊びもしても良いし、こどもの日のため、プレゼントをもらうこともあります。
 昔から子どもの顔にピエロの化粧に使うペンキのようなものを塗り、子どもが変身させてることが多いです。親も一緒になって化粧を楽しむこともあります。

 

2009年3月:
 3月21日はベニート・フアレス(Benito Juarez)生誕の日です。
 ベニート・フアレスは1806年にオアハカ(Oaxaca)で産まれ、メキシコ唯一の白人ではない大統領です。
 スペインの植民地であったメキシコは政治や経済を君臨するのはスペインの子孫の白人が多く占めています。アステカ帝国やマヤ帝国などの先住民たちはインディオと呼ばれ、奴隷として扱われた長い歴史があります。
 現在、メキシコ人の約80%はスペイン人とインディオの混血:メスティーソです。ベニート・フアレスはメスティーソとして初めて大統領となりました。白人とインディオの差別をなくし、平等主義を唱え、さまざまな改革をしました。そのひとつとして、フランス植民地時代のメキシコをメキシコ合衆国として復帰させました。
 彼の有名なフレーズは1867年7月15日にフランス植民地から独立し、大統領として就任した時の講演の「個々人の関係でも国の関係でも、他人の権利を尊重することは平和へつながる」(Entre los individuos, como entre las naciones, el respeto al derecho ajeno es la paz.)です。

  
  

2009年2月:
 2月24日はメキシコの国旗の日です。
 国旗の色は緑=希望、白=結束力、赤=メキシコ国のために血を流した英雄たちを表しています。
 中央に国章が記され、湖に浮かぶ島に生えているサボテンの上に蛇をくわえている鷲です。
 伝説によると、アステカの人々は神々から湖に浮かぶ小島にサボテンがあり、その上に鷲が蛇をくわえてとまっているところを見つければ、アステカ帝国として繁栄すると告げられました。
 アステカ民俗は放牧をしていたメキシコ北部から告げられた土地を探すため南下し、現在のメキシコシティーにお告げ通りの場所を見つけたと言われます。湖の小島はあまりにも狭く、アステカ民が住むために湖にいかだを浮かべ、土をかぶせ、農業を始めたそうです。アステカ帝国はスペイン人が到来するまで、湖に浮かぶ都で繁栄をしたそうです。現在のメキシコシティーの地下水はこの時の湖です。
 メキシコ人はこの伝説に誇りを持ち、2月24日は国家・国旗・国章に敬意を払い、愛国心を育てます。

 

    
  

2009年1月 :
 先月の写真ではキリストの生誕を祝って、各地の王国から祝福をしに集まった時の光景を民芸品であらわしたものを掲載しました。その集まった日が1月5日の夜中といわれてます。
 この写真はドライフルーツのパン (Rosca de reyes = 各地の王国のパン) で、パンの中にキリストとされる小さな人形が隠されています。1月6日にこのパンを友人や家族などと切り分け、人形があたった人は2月2日にキリストの「誕生」を教会への報告をするために人形をもっていきます。その午後にはキリストの誕生祝いのパーティーを開きます。 

   

2008年12月:
 キリストの生誕を祝って、各地の王国から祝福をしに集まりました。
その光景をクリスマス時期にメキシコの各家庭で飾ります。クリープ紙で手作りされた民芸品です。 

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